柚井城

別名-  付近住所 三重県桑名市多度町柚井 現在- 
2010/1/11 案内板アリ


梶田氏

西松氏
 柚井城は、多度町内にある小山城や猪飼城などと同じように、16世紀の後半に、長島一向一揆に加勢し、尾張の織田信長と戦いました。永禄年中に破れた、梶田左馬亮(かじたさまのすけ)、同刑部丞(ぎょうぶのじょう)は追われ、その後に城主となった西松要人(にしまつかなめ)も、1571(元亀2)年信長に破れ、ついにこの城は、廃城となってしまいました。
 ところで、この城跡は、伝え伝えによると四町歩(40.000u)と言われています。しかし現在の面積は約23.000uです。城の本丸は丘の頂上で、面積約2.000uあります。その北側と東西には、土塁(どるい=土を積み上げた防壁)を巡らしています。この掲示板の前の道路は標高32mで、その土塁の最高部は78.4m土塁の背後は30度以上の急傾斜になっています。
 また、この城の丘は、大きな段差が四段あり、これを上手に利用した郭(くるわ)よ呼ぶ要地は、本丸のほか八ヵ所あります。その中に桝形(ますがた)の郭があり、これは第二次大戦末期に軍隊が掘り下げたもので関係ありません。なお、この郭には正面に土塁が残っています。
 一般的に中世の城は、天守閣・高い石垣や水をたたえた堀もないので、今日見る近世の立派な城郭とはかなりイメージが違います。
 なお、ここは私有地ですから、みだりに立ち入らないでください。

            


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